新年、あけました。
早速ですが、去年の年末の出来事について、振り返らせていただこうと思います。
30日は、シンジル(忘年会)でした。
前回、日記で今回のシンジルは参加費の元を取ると宣言しておいたので、結果も記録しておきます。
去年はこちら↓です。
30日の午前中は仕事でしたが、午後は治療は行わず準備の時間に充てられ、
ひたすら化粧と髪の毛のセットと、服を合わせるために費やしました。
すべてモンゴル仕様に丹精込めてセットしてくれた同僚に感謝です。
今年は去年にも増して、豪華な会場でした。
どこもかしこも忘年会というか、クリスマス会の雰囲気です。
プログラムの流れとしては、
- カンパイ
- 始まりのあいさつ
- 医師や有志の出し物 : オーケストラ
- バレエ
5.ゲーム : 司会者「左手あげて~はーい、その手を椅子の下に!椅子の足にある紙に書かれたことを実行しましょう!」
わたしの紙には、「隣のテーブルで、気に入った異性のところに行き、強く抱きしめてください。」と書かれていました。
司会者「さあ、”プレゼント”と書かれた人は出てきて!」
と。風船膨らますゲームが始まりました。
ふくらました風船を隣の人との間に挟んで、割るゲームをしていました。
最終的に司会者が爆発的な笑いをさらったこと以外、よくわかりませんでした。
6.有志による赤いドレスの女性3人の歌
7.サンタとバレエの娘たち。この人たちはたぶん去年も来てました。
8.表彰式 たくさんの医師や看護師が表彰されました。
32もある病院内の科を、3つくらいの科や分野で競い合った結果、1.000.000トゥグルグがもらえるという表彰もあったのですが、なんと私たちのリハビリテーション科の理学療法士が表彰されました。
舞台にみんなで乗って、賞状とお金をいただきました。
終わった後はもちろん乾杯。
そして写真撮影。
あとは、有名な歌手が3組ほどきて、歌とともに、私たちはひたすらダンス。
副院長も一緒に乾杯してから、ダンス。
非常にサービス精神旺盛で、かわいいダンスを踊りながら退散して、楽しませてくださいました。
最後に、22時を、31日の0時と見立てて、カウントダウン。
「あけましておめでとう~」と乾杯して終了しました。
料理は、1番目が鶏肉のサラダ、2番目は牛肉ステーキ、3番目ベーコンのせローストポーク、野菜添え、でした。
純粋なモンゴル料理というよりは、外国人の口にも合う感じにアレンジされているように感じました。
上の写真は、3番目の料理です。
22時までの予定だったそうですが、会場を出たのはすでに23時まわっておりました。
わたわたと準備してめいめいの車やタクシーで移動しました。
リハビリテーション科は、大いに盛り上がり、そのまま恒例のカラオケへ行きました。
病院の近くの0時閉店のカラオケ店を、半ば強引に営業させて1時間歌わせてもらいました。
カラオケでも、モンゴルウォッカを飲まなければ始まりません。
カラオケの途中、酔った看護師さんが泣きながら
「ゆき、モンゴルはどう?
早く結婚しなさい。わたしは、44歳だけど娘は22歳よ。どう?
日本に帰ったら早く結婚するのよ。いい?
家はきれいにしなさい。わたしは汚い家は嫌いなの。
5月にチェックしに行くわ。いい?ちゃんと掃除しておくのよ。
そうしないと、結婚できないわよ。
5月30日にしましょう。忘れないでよ。
わたしが忘れてたら、言って。チェックするからね。いい?」
と。
わたしは、人見知りなのもあって、初対面や、まだよく知らないのに距離の近い、勢いがすごい人が苦手なんです。慣れれば大丈夫なんですが、モンゴル語がわからなかったのもあって、看護師さんにはしばらく距離を取ってしまってました。
声は大きくて、恰幅もよくて勢いのある看護師さんたちが、私のことをいつも心配と好奇心をもって接してくれているのは知ってます。
何度もチューして、抱きしめて涙してくれて、
わたしの将来も案じてくれている彼女に深い感謝の念をもちました。
去年の5月に私の家に来てもらって、あまりに汚くて衝撃だったらしく、このようにずっとお説教してもらってたので、今年も5月に、うちに来てもらうことにします。
5月以来、わりと掃除もまめになりました。
次回来てもらう日取り、わたしは忘れません。